なぜ鎖骨は鎖(くさり)なのか?

ある症状が出現した時に,いったいどこの診療科にかかったらいいのかと判断に困ったことはないでしょうか。

たとえば,耳鼻科が診察する領域は他の多くの診療科と重なり合っています。鼻や耳の奥は脳神経外科領域,聴力・嗅覚・味覚や平衡神経は脳神経内科(以前の神経内科),頸部は外科や整形外科,顔や頸部を覆う皮膚は皮膚科や形成外科,頸の下の方(甲状腺や頸部食道)は外科と,目の近くは眼科と重なり合います。また口渇やのどがつかえるといった症状は内科と重なります。

このように各診療科の間には国境のように明瞭な区画線があるわけではなく,曖昧な部分も多いのです。悩んだら医療機関に直接問い合わせるのが最短です。

体表面から見た時に,耳鼻科領域と他の領域を分ける分水嶺のひとつが鎖骨です。さて,なぜ「鎖(くさり)」なのでしょうか。形はどうみても鎖には似ていません。調べてみると,昔中国で囚人を捕らえておくために鎖骨の後ろに穴を開けて鎖を通したという説が挙げられていますが,本当でしょうか。

鎖骨の裏側には第一肋骨がありますが,鎖骨と第一肋骨の狭い隙間を鎖骨下動脈が走っています。指の太さほどもある動脈で,この動脈から出血したら数分以内に死んでしまいます。もしそのようなことをしたら多くの囚人が死んでしまったでしょう。また仮にうまくいったとしても,鎖骨という弱い骨に鎖を通して引っ張ったら簡単に鎖骨は折れてしまったでしょうから,労働力としての囚人の価値はなくなります。

漢検協会の田中郁也氏によると,鎖骨は江戸時代の蘭学由来の術語で,オランダ語「スレウテルベーン(Sleutel-been)」を訳してできたものだそうです。スレウテルとは「鎖匙=鍵」のことです。鎖を通したからでもなく,鎖に似ているからでもなく,形が昔の鍵に似ていたからなのです。警備会社ALSOKのホームページで古代エジプト錠を紹介しています(https://www.alsok.co.jp/person/keystory/03/)。確かに鎖骨に似ていますね。(写真は13年前に撮影した鹿角市小真木鉱山跡)