感冒ウイルスの存在が意味するところは

生物の歴史はウイルス感染の歴史です。人の遺伝子の8~9%はレトロウイルスの遺伝子に起源を持つウイルス化石で占められています。その起源は類人猿と人類の分離の生じた数千万年より以前と言われています。人類の歴史が始まって以来ウイルスは今なお多くの人命を奪い続け,一方で人類と共生し我々の生存に寄与しています。

レトロウイルスのように遺伝子に感染の痕跡を残すようなウイルスと異なり,通常のウイルスが歴史上のいつどのような形で人類に影響を与えたのかを科学的に知る方法はありません。しかし今回のようなパンデミアが人類史上頻回に起きたであろうことは容易に想像できます。

それはどのように理由でわかるのか。その手がかりは貴方のすぐ近くにあります。

それは一般的な感冒ウイルスの存在です。

現存する数多くの感冒ウイルスは今でこそおとなしい隠居ヅラしています。虫も殺さぬように見えながら実はソリを入れた相当な悪でした(この辺りの表現が昭和人間)。彼らが世界にまんべんなく存在しているということは,それらが人を媒介して世界を駆け巡ったということです。

本当に強い致死性をもつウイルスは実は広がりにくいのです。ウイルスに感染した人が全て死んでしまうとウイルスの宿主がなくなってしまうからです。強い感染性を持っていて感染に寄って死んでしまう人もいるけどそうでない人のほうが多い,という条件があってこそ世界に広がります。

これらの感冒ウイルスが成立した直後は多くの人命を奪ったことでしょう。インフルエンザだけではくRSウイルスもアデノウイルスを含めた一般感冒ウイルスもかつては今の武漢コロナウイルス同様あるいはそれ以上に相当な悪だったのです。パンデミックを惹き起こし,多くの人を殺し,そして今は毒気が抜けて人類と共存しているのです。

いずれ武漢コロナウイルスもこれらの感冒ウイルスと同じような経過をたどって人々の周囲で日向ぼっこする日が来ます。我々は今その日を待っています。写真は100年前のスペイン風邪,アメリカ軍の野戦病院。(Image: courtesy of the National Museum of Health and Medicine, Armed Forces Institute of Pathology, Washington, D.C., United States.) – Pandemic Influenza: The Inside Story. Nicholls H, PLoS Biology Vol. 4/2/2006, e50