●補聴器相談
補聴器を考えている方へ
― 耳鼻咽喉科医からのアドバイス ―
「最近、聞き返すことが多くなった」「テレビの音が大きいと言われる」「会話についていけないことがある」。
そんなとき、「そろそろ補聴器を使ったほうがよいのだろうか」と考える方は少なくありません。
一方で、補聴器は一度買えばすべて解決する便利な道具でもありません。毎日の装着や手入れが必要ですし、耳がかゆくなったり、紛失したり、故障したりすることもあります。数年たてば修理や買い替えの問題も出てきます。
したがって大切なのは、
「難聴があるから補聴器をつける」のではなく、補聴器を使うことで得られる利益が、使うことによる不便さを上回るかどうか
を考えることです。
最終的に補聴器を使うかどうかを決めるのは、ご本人です。
1.補聴器とはどのようなものでしょうか
補聴器の基本的な役割は、聞こえにくくなった音を聞き取りやすくすることです。
小さなマイクで周囲の音を拾い、それを電気的に処理して、耳の中の小さなスピーカーから音を出します。
昔の補聴器は、簡単にいえば「すべての音を大きくする」機械に近いものでした。しかし現在のデジタル補聴器は、その人の聴力に合わせて、高い音、低い音などを別々に調整したり、大きすぎる音を抑えたり、周囲の雑音をある程度減らしたりすることができます。
ただし、ここはとても重要です。
補聴器をつけても、若いころの正常な耳に戻るわけではありません。
特に加齢による難聴では、「音が小さく聞こえる」だけではなく、「言葉を聞き分ける能力」そのものが低下していることがあります。その部分を補聴器だけで完全に元に戻すことはできません。
補聴器は「正常な耳を取り戻す機械」ではなく、残っている聴力をできるだけ有効に使って、生活上の不便を減らすための道具と考えたほうがよいでしょう。
2.補聴器にはどのような種類がありますか
現在使われている補聴器のほとんどは、大きく分けると耳かけ型と耳あな型です。
耳かけ型
耳の後ろに本体をかけ、そこから耳の中へ音を送ります。最近よく使われている小型のタイプもこの仲間です。
比較的幅広い難聴に対応でき、調整の自由度が高く、故障したときの修理や部品交換もしやすいという長所があります。
一方で、眼鏡やマスクと干渉することがあります。また、本体が耳の後ろにありますので、落下や紛失にも注意が必要です。
耳あな型
耳の穴の中に入れるタイプです。
耳の中に収まるため、眼鏡やマスクとの干渉が少なく、外見上も目立ちにくいという利点があります。
一方で、耳垢や湿気の影響を受けやすく、耳の穴がかゆくなったり、蒸れたりすることがあります。指先の細かな操作が苦手な方では、小さな補聴器の取り扱いが難しいこともあります。
どちらが優れているというものではありません。
聴力、耳の形、手先の器用さ、生活環境、本人の好みなどを考えて選びます。
3.補聴器を使うべきかどうかは、何で決めるのでしょうか
これは「聴力が○○デシベルになったら補聴器」というように、数字だけで決められるものではありません。
同じ聴力でも、その人の生活によって補聴器の必要性は大きく異なります。
例えば、一人暮らしで人と話す機会が少なく、テレビも字幕で十分楽しめており、ご本人が聞こえにそれほど不自由を感じていないのであれば、軽度の難聴があるからといって、必ず補聴器を使わなければならないとは私は考えません。
一方で、同じ程度の難聴でも、仕事をしている人、会議に出る人、接客をする人、家族や友人との会話が多い人では、聞き間違いや聞き返しが大きな問題になります。その場合には、比較的軽い難聴でも補聴器の利益は大きくなります。
つまり、
「どれくらい聞こえが悪いか」だけではなく、「その聞こえの悪さによって、その人がどのくらい困っているか」
が大切なのです。
補聴器をつけることには、装着のわずらわしさ、手入れ、費用、耳のかゆみ、充電や電池交換、故障、紛失などの負担があります。
その負担を上回るだけの便利さがあると本人が感じて、初めて補聴器を毎日使おうという気持ちが生まれるのだと思います。
4.「耳が悪いと認知症になる」と聞きましたが、本当ですか
難聴のある高齢者では、認知症や認知機能低下が起こりやすいことは、多くの研究で報告されています。これは現在ではかなり確かな関連と考えられています。
理由として、聞こえにくいために人との会話が減ること、社会との関わりが少なくなること、会話を理解するために脳へ余分な負担がかかることなど、いくつかの可能性が考えられています。
一方で、
「補聴器をつけなければ認知症になる」
「補聴器をつければ認知症を予防できる」
とまで言い切れるものではありません。
実際、大規模な研究では、補聴器などによる聴覚への介入が認知機能低下を抑える可能性は示されていますが、すべての人で明確な予防効果が確認されているわけではありません。
ですから、「認知症になりたくなければ補聴器を買いましょう」という説明は適切ではないと思います。
むしろ、聞こえを改善することで会話や社会参加がしやすくなり、結果として脳にとっても良い方向に働く可能性がある、と考えるのが妥当でしょう。
5.集音器と補聴器は何が違うのでしょうか
家電量販店や通信販売では、「集音器」と呼ばれる製品も販売されています。
一般的な集音器は、周囲の音をマイクで拾い、それを大きくして耳に聞かせる機械です。
これに対して補聴器は、日本では管理医療機器として扱われ、その人の聴力に合わせて周波数ごとの増幅量や最大出力などを細かく調整して使用します。
ただし最近では、従来の単純な集音器と補聴器の中間のような、かなり高度な製品も登場しています。
例えばNTTソノリティの「cocoe Ear」は、耳をふさがないオープンイヤー型の集音器で、スマートフォンで聞こえ方を調整でき、テレビ音声を直接送る機能なども備えています。2026年から一般販売されています。
こうした機器は、軽い難聴の方や、「まず少し聞こえを補ってみたい」という方には一つの選択肢になり得ます。
ただし、医療機器としての補聴器と集音器は同じものではありません。
難聴が強い場合や、左右の聴力が大きく違う場合、言葉の聞き取りが悪い場合などには、まず耳鼻咽喉科で聴力を調べたうえで考えたほうがよいでしょう。
6.補聴器にはどんな手入れが必要ですか
補聴器は小さな精密電子機器でありながら、汗、湿気、耳垢という、電子機器にとってかなり厳しい環境で毎日使われます。
そのため、ある程度の手入れが必要です。
日常的には、
・表面についた汗や汚れを拭く
・耳垢が音の出口につまっていないか確認する
・耳栓部分や耳垢防止フィルターを交換する
・電池式なら電池を交換する
・充電式なら毎日充電する
・必要に応じて乾燥ケースなどで湿気を取る
といった作業があります。
また、ときどき販売店で清掃や点検を受け、聞こえ方が変化していれば再調整してもらいます。補聴器は購入後も調整やアフターケアが必要な機器です。
耳あな型や耳栓を入れるタイプでは、耳のかゆみや湿疹が起こることもあります。その場合は我慢して使い続けず、耳鼻咽喉科に相談してください。
7.補聴器はいくらくらいするのでしょうか
補聴器の価格には非常に大きな幅があります。
数万円程度からありますが、本格的な補聴器では1台10~30万円程度のものが多く購入されています。日本補聴器工業会のJapanTrak 2022でも、購入された補聴器の中心はこの価格帯でした。
つまり両耳なら、20万円、30万円、40万円、あるいはそれ以上になることも珍しくありません。
高価な補聴器には、騒音を抑える機能、複雑な環境で音を処理する機能、スマートフォンとの連携など、多くの機能が搭載されています。
しかし、
「高い補聴器ほど、その人にとってよく聞こえる」とは限りません。
静かな自宅で家族との会話やテレビを中心に使う人と、仕事で大人数の会議に参加する人とでは、必要とする機能が違います。
最初から最高級機種が必要な人ばかりではありません。
予算について遠慮なく販売店に伝え、「なぜこの機種が必要なのか」を説明してもらってください。
8.最初から両耳につけたほうがよいのでしょうか
人間は本来、両耳で音を聞いています。
両耳で聞くことには、音の方向を判断しやすい、騒がしい場所で会話を聞き取りやすいなどの利点があります。そのため、左右とも補聴器が必要な聴力であれば、両耳装用には合理的な理由があります。
しかし、
「補聴器は必ず最初から2台買わなければならない」という意味ではありません。
本人の聴力、左右差、生活環境、予算、手先の操作能力、補聴器をどの場面で使いたいかなどを考える必要があります。
片耳で十分に目的を達成できる方もいます。
特に初めて補聴器を使う方に、十分な説明や試用もなく、いきなり高額な補聴器を2台契約させるような販売方法には慎重であるべきだと思います。
「両耳を勧める理由は何ですか」
「片耳ではどの程度困りますか」
「まず片耳で試すことはできますか」
と尋ねてかまいません。
9.補聴器はどのくらい使えるのでしょうか
補聴器は永久に使えるものではありません。
使用環境や手入れの状態によって大きく違いますが、おおむね5年前後は一つの買い替えを考える目安になります。
ただし、5年たったから必ず交換しなければならないわけではありません。
故障せず、現在の聴力に合わせて十分に調整でき、本人が困っていなければ、もっと長く使用できる場合もあります。
逆に、汗や湿気の多い環境で使用していたり、聴力が大きく変化したりすると、早めの修理や交換が必要になることもあります。
補聴器を購入するときには、本体価格だけでなく、
「何年くらい使うつもりなのか」「修理代はいくらか」「保証期間は何年か」
も確認しておくことをおすすめします。
10.補聴器は、つけたその日から快適に聞こえるのでしょうか
多くの場合、そうではありません。
長い間聞こえにくい状態が続いていた人に補聴器をつけると、これまで聞こえていなかった生活音まで突然耳に入ってきます。
新聞をめくる音、食器の音、エアコンの音、自分の足音、自分自身の声などが、「こんなにうるさかったのか」と感じることがあります。
これは補聴器の故障とは限りません。
脳が長い間聞いていなかった音を、もう一度「普通の音」として受け入れるまでには時間がかかります。
数日や1~2週間で「合わない」と判断するのは早すぎることがあります。
少なくとも数か月単位で考え、3か月程度は一つの目安とし、十分に使いこなせるようになるまで半年から1年ほどかかる方もいます。
その間、同じ設定のまま我慢するのではなく、販売店で何度も調整してもらいます。
補聴器は「完成品を買う」というより、購入後の調整を含めて自分の耳に合わせていく機械と考えると分かりやすいでしょう。
11.補聴器は、店に行ったその日に買うものではありません
私はここを特に大切に考えています。
初めて補聴器を使う方が、販売店へ行ったその日に数十万円の補聴器を購入する必要はありません。
まず聴力に合わせた補聴器を調整してもらい、実際の生活の中で使ってみてください。
自宅で家族と話してみる。
テレビを見てみる。
買い物へ行ってみる。
会議や集まりで使ってみる。
そうして初めて、「この補聴器を使うと自分の生活がどのくらい楽になるのか」が分かります。
日本補聴器技能者協会も、聴力に合わせて設定した補聴器を試聴し、効果を確認したうえで納得するまで相談して決めることを勧めています。
補聴器は高額ですが、店舗で購入した場合でも、基本的には一般的なクーリング・オフの対象にはなりません。消費者庁も、特に高齢者の契約では家族など周囲の人の協力が重要だと注意を呼びかけています。
したがって私は、
十分な試用期間を設け、何度か調整を行い、実際の生活で役に立つことを本人が確認したうえで、最終的に購入を決められる販売店を選ぶ
ことが非常に大切だと考えています。
「今日決めれば安くします」
「この聴力なら絶対に両耳です」
「一番高い機種でなければよく聞こえません」
などと急いで契約を勧められた場合には、一度持ち帰って考えてもよいでしょう。
最後に ― 補聴器は「つけること」が目的ではありません
補聴器の目的は、補聴器を耳につけることそのものではありません。
会話が楽になる。
家族とのコミュニケーションが増える。
仕事がしやすくなる。
テレビや趣味を楽しめる。
外へ出て人と会うことが苦痛でなくなる。
そうした変化が得られて初めて、補聴器には意味があります。
逆に、補聴器を使うことによる不便や負担のほうが大きく、本人も必要性を感じていないのであれば、「難聴がある」という理由だけで無理に使用する必要はないと私は考えています。
耳鼻咽喉科医の役割は、補聴器を売ることではありません。
まず、治療できる難聴が隠れていないかを調べ、どの程度の難聴があるのか、言葉をどの程度聞き分けられるのかを確認します。
そのうえで、
「この人の生活に補聴器が本当に役立つだろうか」
を一緒に考えることが大切だと思います。
そして実際に補聴器を試してみて、
「多少面倒でも、これなら使いたい」
とご本人が思えたときが、補聴器を購入する一番よい時期なのではないでしょうか。
